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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1007号 判決

控訴人

光世株式会社

右代表者代表取締役

花田吉信

控訴人兼当審反訴被告

(以下「控訴人」という)

辻井浩

右両名訴訟代理人弁護士

平栗勲

被控訴人兼当審反訴原告

(以下「被控訴人」という)

丸山昇

右訴訟代理人弁護士

佐古祐二

太田稔

鬼追明夫

吉田訓康

加藤保夫

辛島宏

安木健

的場俊介

松田繁三

青山吉伸

兼松浩一

主文

一  原判決中控訴人光世株式会社に関する部分を取り消す。

二  控訴人光世株式会社の本訴及び被控訴人の当審反訴をいずれも却下する。

三  控訴人辻井の被控訴人に対する当審請求を棄却する。

四  訴訟費用は一、二審とも、そのうち当審反訴費用は被控訴人の、その余は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人光世株式会社と被控訴人間において、同控訴人が被控訴人に対し、昭和六二年三月二四日到達の書面でなした、被控訴人所有の別紙目録記載の株式の被控訴人から訴外中村秀雄に対する譲渡の承認は有効であることを確認する。

3  (当審交換的訴え変更の請求の趣旨)

控訴人辻井と被控訴人との間において、同控訴人が被控訴人に対し、昭和六二年三月四日付(同月五日到達)の書面でなした、被控訴人所有の別紙目録記載株式にかかる売渡請求(商法二〇四条の三第一項)に基づく売買契約上の権利義務(同条の四第一項による価格決定請求権を含む)が存在しないことを確認する。

4  被控訴人の当審反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  主文三項同旨

3  (当審反訴請求の趣旨)

被控訴人と控訴人辻井との間において、同控訴人が被控訴人に対し、昭和六二年三月四日付(四月五日到達)の書面でなした被控訴人所有の別紙目録記載の株式にかかる売渡請求(商法二〇四条の三第一項)に基づく売買契約上の権利義務(同条の四第一項による価格決定請求を含む)が存在することを確認する。

4  訴訟費用は一、二審とも控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加訂正、補充するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決三枚目表三行目の「秀雄」の次に、(以下「中村」という)」を、同一〇行目末尾に「商法二〇四条の三第二項所定の」を、同一一行目の「供託し」の次に「(以下「本件供託ともいう)」を、同末行の「した」の次に「(以下「本件売渡請求」ともいう)」を、同裏三行目の「辻井は」の次に、「後記8の価格決定申請の申立を知らないままに、」を同四行目の「した」の次に「(以下「本件売渡請求撤回」ともいう)」を、同八行目の「した」の次に「(以下「本件再譲渡承認」ともいう)を、同一一行目の「受けた」の次に「(以下「本件供託取戻」ともいう)を各付加する。

二  原判決四枚目表九行目の「株主」の次に「(以下「株主」ともいう)」を、同裏一行目の「なるまで」の次に「は売買契約の実質関係は未成立であって」を、同三行目末尾に「すなわち、同法二〇四条の三以下は株主と当初譲渡承認を求められた譲受人(以下「当初譲受人」という)との間の売買と、株主と先買権者との売買が競合する場合に、後者を優先させて、株主の意思如何にかかわらず譲渡目的たる株式(以下「株式」という)を先買権者が強制的に買取るための方法を定めたものと解すべきであるからむしろ先買権者のなす売渡請求は右競合関係に入るための新たな売買契約の申込と解すべく、また、会社は複数の先買権者を指定しうると解されているところ、かかることが許されるためには右売渡請求により売買契約が成立するものとは解したのでは幾多の矛盾が生ずるのである。」を各付加する。

三  同五枚目裏一〇行目と一一行目の間に「したがって、会社が譲渡を承認することは株主の投下資本回収の機会を確保し、株式譲渡の自由にかなうものであるから、右先買手続においても、会社の譲渡承認は何よりも優先さるべきものである。そうすると、先買権者の売渡請求は会社の当初譲受人に対する譲渡承認を解除条件とするものというべきである」を付加挿入する。

四  同六枚目表一二行目の「ところで」を「さらに、先買手続は会社が当初譲受人の会社株主になることを阻止する機能を有する制度であるから」と、同裏三行目の「右は」を「換言すれば、当初譲受人の譲受意思の保持、すなわち同人を現実の買主として復帰せしめることが、株主が」と、同四行目の「要件でもある」を「資格要件であって、当初譲受人が譲受意思を失ったときは、株主は右資格要件を失うこととなり、右申請は却下を免れないのである」と、同一一行目の「理論的」から同末行の「であるから」までを「また、右先買手続の制度目的ないし機能に照らし」と各訂正する。

五  同七枚目表二行目の「である。」の次に「したがって、右手続ひいては擬制された売買契約は失効する。」を、同裏二行目末尾に「本件においては当初譲受人たる前記中村はおそくとも昭和六二年二月二四日(控訴人辻井を先買権者に指定する旨の通知が被控訴人に到達した頃)には買受意思を喪失しているのである。」を付加し、同七行目と八行目の間に「(五) のみならず控訴人辻井は既に本件供託取戻を適法かつ有効に了しているので、右供託の法的性質如何を問わず、同法二〇四条の三第二項の供託がなく売渡請求の有効要件を欠くこととなり、同条三項により譲渡のみなし承認の効力が生じ、本件売渡請求による売買契約の効力は失効し、したがってまた、本件売渡請求撤回、本件再譲渡承認も有効となる。」を付加挿入し、同八行目の「原告」から同一二行目末尾までを「本件売渡請求撤回及び本件再譲渡承認はいずれも有効であり、控訴人辻井の同年三月四日付本件売渡請求、及び同請求による本件株式の売買契約を失効し、商法二〇四条の四第一項による株価決定請求権を含む同売渡請求に基づく売買契約上の権利義務は存在しないことに帰したというべきである。しかるに被控訴人は本件再譲渡承認の無効、本件売渡請求の有効ないし、これによる控訴人辻井との間の本件株式の売買契約の有効を主張し、前同条による株式価格決定請求の申請を維持している。よって、被控訴人との間で、控訴人会社は本件再譲渡承認の有効の確認を、控訴人辻井は本件売渡請求に基づく売買契約上の権利義務(商法二〇四条の四第一項の価格決定請求権を含む)の不存在確認を、夫々求める(控訴人辻井は本件売渡請求撤回の有効確認訴訟を当審で右同確認訴訟に交換的に変更した)。」と訂正する。

六  同九枚目表二行目末尾に「指摘の複数指定を可能とする見解もすべて、売渡請求により売買契約が成立すると解しており、右見解の内容如何により右契約成立と矛盾が生ずることもない。なお売渡請求の撤回が許されないことは株式価格決定申請の知不知に関係がない。」を付加し、同裏一一行目末尾に「法は株式譲渡の自由による株主の投下資本の回収手段を確保するため、会社の譲渡不承認の場合に先買権者指定、同人による売渡請求、株価決定手続という代金の担保供託付の確実な手段を用意しているのであって、右売渡請求後の手続を無効にし、株主の地位を不安定にしてまで会社の譲渡承認を許すことはかえって右株式譲渡自由の目的に反し不合理である。」を各付加する。

七  同一〇枚目表二行目下段の「株式」を「株主」と訂正し、同裏四行目と五行目の間に次のとおり付加挿入する。

「(五) 同9の(5)は、主張の頃控訴人辻井が本件供託金を取戻済であることは認めるが、その余否認する。右取戻しは、本来同供託が一種の保証供託であるから、任意の取戻しか許されず、供託実務上も払渡事由が『売買価格確定』に限られ、添付書類も限定されているのに、これに反してなされた不適法な取戻しであり、しかも商法二〇四条の三は売渡請求の有効要件として、右売渡請求時の供託を要求しているのみであるから、後日何らかの事由により取戻しがあるとしても右売渡請求の効力、及び同売渡請求による本件売買契約の成立に影響を及ぼさない。」

八  被控訴人の反訴請求原因及び認否並びに双方主張

1  反訴請求原因

(一) 前記引用の原判決事実摘示本訴請求原因1ないし4のとおり。

(二) したがって、本件売渡請求によって控訴人辻井と被控訴人間に本件株式につき売買契約が形成され成立した。しかるに、同控訴人は、その後右売買契約が失効した旨主張して右売買契約なる法律関係の現存、被控訴人の申立た本件株式の価格決定請求事件の適格を争うので、右価格決定請求権を含む本件売渡請求に基づく売買契約上の権利義務の存在することの確認を求める。

2  前項に対する控訴人辻井の認否と抗弁並びに双方主張

(一) 前項(一)は認める。

(二) 前記引用の原判決事実摘示第二、一5ないし9のとおり。

(三) 前項に対する反論は同事実摘示第二、二のとおり。

第三  証拠〈省略〉

理由

一控訴人辻井の本訴請求について

1  請求原因1ないし8については当事者間に争いがない。

2  譲渡制限付株式の『売買』に関する商法上の制度について

同控訴人は本件売渡請求の撤回、及び会社の本件再譲渡承認は有効であって、本件売渡請求による売買契約関係は失効して既に存在せず、被控訴人は商法二〇四条の四第一項の価格決定請求権を含め、右売渡請求による売買契約上の権利を有しない旨主張し、その理由として以下のとおりのべる。すなわち、商法二〇四条の二第二項の会社の譲渡承認拒否に始まり、同二〇四条の四の代金支払い又は解除までの一連の手続は会社にとって好ましくない株主の参入を阻止することを目的とする制度である。株主の株式譲渡自由の原則による投下資本の回収を容易にして株式会社制度の発展を期そうとするならば、譲渡承認による当初譲受人、株主間の売買契約を第一義的に尊重すべきであるので、右制度の趣旨及び右法の手続(同法二〇四条の三第三項、同条の四第六項がいずれも右会社の承認に回帰する旨定める)に照らせば、むしろ先買権者の売渡請求は後記のとおりその後の会社の譲渡承認を解除条件とする株式の買受け申込みと解すべく、法が「売買価格」などと定めるのは未成立の売買の成立を擬制するにすぎない。そして、また、右先買手続を通じて当初譲受人を買主として待機せしめることが右先買手続における株主の資格要件であるから、当初譲受人が買受け意思を失えば、先買手続は同人参入阻止不要のため終了し右擬制にかかる売買契約も失効する。さらにまた、右先買手続の制度目的に照らせば、右手続終了(株価決定の確定)までの間、会社は前の不承認を撤回して改めて承認をなし、先買権者も売渡請求を撤回し、先買権を放棄することはいずれも許され、有効である。以上のとおり主張し、成立に争いない甲五号証(旬刊商事法務一一三一号、戸塚登「譲渡制限付株式の先買権の本質」)によれば同旨の学説も存するので以下検討する。

出資払戻が原則的に禁止される株式会社である以上、株式譲渡の方法による投下資本回収の自由自体を否定できないため、商法は右自由の確保と片や好ましくない株主参入防止のための株式譲渡制限の趣旨なる相反する利害を調整するため以下の制度を設けている。すなわち、会社の株式譲渡承認の拒否権に対応するものとして会社による先買権者の指定と同人による売渡請求制度(商法二〇四条の二第一、第二項、同条の三第一項)、同請求権につき、行使期限、行使要件として一応の代金相当金の供託等の厳格要件を定め(同条三第一、第二項)、右請求権行使後の先買権者、株主の法律関係を『売買』と表示し、右代金相当金の供託に対応せしめて、株主の株券供託義務を定め、これの不履行時には先買権者に解除権を与え(同条の三第四、第五項)、売渡請求の期限内行使のないときは、会社の当初譲受人への譲渡承認を擬制し(同条の三第三項)、有効な売渡請求後の株式の代金額決定につき、まず短期間の協議によらしめ、ついで協議不調のときのために、いずれの右当事者からも申請ができる非訟手続による『売買価格』決定手続を設け、裁判所が売渡請求時点における右価格を同時点の一切の事情を斟酌して決定すべきものとされ(同条の四第一、第二項)、その他右請求のないときの右価格の決定基準(同第三項)、株式の移転時期を代金支払い時とし、代金充当方法(同第四、第五項)、供託との差額不払いによる解除時の会社の当初譲受人に対する譲渡承認擬制(同第六項)を定めている。他方、右差額不払い時の右差額代金の強制履行請求(解除権の裁量)禁止規定はなく、さらに同条の二第一項の譲渡承認請求につき、当初譲受人との売買契約の既成立すらその要件とされず、いわんや、爾後の同人の買受意思持続を要件とし、或いはこれを買主として待機せしめていることを爾後の株主の義務また資格要件とする定めは見当らない。

以上の法規の立法趣旨と定めによれば、むしろ当初譲受人参入阻止機能は会社の不承認(同条の二第二項)で完結し、その後の手続は株式譲渡自由の制限の代償として、株主の投下資本回収の利益保護のために、確実、公正、安全な手段として先買権者による売渡請求による法定手続としての売買制度を提供するものであって、同条の三第三項、同条の四第六項の譲渡承認擬制は、譲渡制限により利益を受けるべき会社側に立つとみるべき先買権者の懈怠あるとき、さらに売主が契約解除を偶々選択したときも、なお株主の本来有する投下資本の回収自由の実現を容易にするための補充的手段として、株主の当初の右回収予定手段の実現をはかることとして、その便法として擬制をなすにすぎないものと解すのが自然であって、法が右会社の譲渡承認を譲渡制限株式の投下資本回収の本来的手段と位置付け、右売渡手続の完結経過により同承認をとることを目的としているものと解することは法規の右構成に照らし不自然というべきである。のみならず、控訴人主張のように右売渡手続完了までを当初譲受人参入阻止のための会社のための制度であり、会社の不承認、売渡請求のすべてが右阻止目的の手段手続とみることは右法規の構成と整合するともいえず、会社の利益に偏しすぎる。

そして、前記法規の定めによれば、先買権者の同条の三第一項の売渡請求によって、同条の四により定まるべき『売買価格』による法定手続を内容とする売買(民法上の概念による)なる法律関係が一方的に成立(形成され、擬制ではない)し、これは実質的には、同条の二第一項の買受人指定請求が指定者(先買権者)に対する株主の株式売却の申込みにあたり、先買権者の右売渡請求が同承諾にあたるというべきである。たしかに、同控訴人主張のとおり、右売渡請求時においては売買価格が具体的金額として判明してはいないが、その確定方法と基準が一義的明確に定められているのであるから、右時点において、既に法が『売買』なる法律関係の要素として定める事項(民法五五五条)はすべて確定しているというべきであるから、『売買』の成立の妨げとなるものではない。なお、同控訴人主張の複数指定説は右売渡請求時における売買契約成立を前提とし、これと矛盾なく展開されていることは弁論の全趣旨により認められるから右判示の妨げとならず、また同控訴人は当初譲受人の買受け意思喪失後も先買権者が買取りを強制されるのは不当ないし株主の権利濫用であるともいうが、前示のとおり、先買権者の義務は自らなした売渡請求によるものであって、当初譲受人の買受意思は、右売渡請求に至る過去の経過要件にすぎない会社の不承認に一応かかわるとしても、手続の進行要件としてその存在が認定されるものではなく、このような買受意思の消長により、右新たな別個の手続である法定売買上の買主の地位が影響されることはありえないのであって、しかも、右手続は会社ないし先買権者のためというよりも、むしろ株主の権利保護の制度であることに照らせば、たとえ当初譲受人が会社の不承認後に買受意思を喪失していたとしても、法定売買手続を進めることを不当視すべきものではなく、株主の右手続上の権利行使を以って特段の事情のない限り、右当初譲受人の買受意思喪失のゆえに権利の濫用視すべきものではない。よって以上の説示に反する控訴人(一)ないし(三)の各主張はいずれも理由がない。

3  本件売渡請求撤回、本件再譲渡承認の効力について

控訴人らは前示の見解に立って、いずれも本件売渡請求後に同控訴人は本件供託取戻しと本件売渡請求撤回を、会社は本件譲渡不承認の撤回と本件再譲渡承認をなし(右事実は争いない)、同控訴人は右がいずれも有効で、右売渡請求による売買契約が成立するとしても失効した旨主張する

しかしながら、前示のとおり、先買権者の売渡請求は法定売買を一方的に成立させる効果を生ずる形成権であるところ、その性質上一旦行使によりその効果が生ずれば右売渡請求権は消滅するのみならず、相手方を一方的に不安定な地位におくことは許されないから、一方的に放棄したり撤回をなす余地がないというべきである。前記争いのない事実によれば、同控訴人が昭和六二年三月四日付でなした代金の供託及び、その証明書を被控訴人に対して送付してなした同月五日到達の本件売渡請求の意思表示により、本件売渡請求は商法上の前記適法、有効要件をすべて充足し、即日効力を生じ、同日同控訴人、被控訴人間に売買なる法律関係(以下「本件売買」という)を形成したというべきであるから、爾後になされた本件売渡請求撤回は許されず、効力がないというべきである(右売買関係成立後控訴人が右関係から離脱しうるには法定の契約解除(商二〇四条の三第五項、同条の四第六項)等限られた場合に限られる)。

因みに、会社の譲渡承認、不承認も一方的行為であって、それを前提として商法二〇四条の二第三項の効果、同条の三の売渡請求の前提とされているのであるから、法はその行使期限を定め(同条の二第二項)、この期間の経過により承認、不承認の問題を完結しようとしていると解すべきことは前示のとおりであり、右一方的行為の性質、そのつながる法規上の効果に照らせば、右行為は確定的になされることを要し、形成権の行使と同じく一旦相手方に到達して法律的行為としての効力が生じた限り、もはや撤回の余地がないものと解すべきであるから、本件譲渡不承認の撤回及び同承認は許されず、効力を生じないというべきである。よって、同控訴人の以上いずれの主張も理由がない。

4  その余の同控訴人主張の本件売買の瑕疵について

同控訴人は当初譲受人が爾後に株式買受意思を喪失したため、被控訴人の本件売買上の権利行使が濫用で許されないというが、その理由のないことは前示のとおりであり、ついで同控訴人は本件供託取戻により本件売買は失効し、本件売渡請求撤回、本件再譲渡承認も有効となり、被控訴人は本件売買上の権利を失った旨主張する。しかしながら、商法二〇四条の三第二項の供託の法的性質が弁済供託、若しくは保証供託のいずれであるにしろ、同供託は同条の三第一項の売渡請求の有効要件であると共に同請求の手続要件でもあるところ、法はその要件の性質上、売渡請求の意思表示のなすべき期間内の存続を要求するにとどまり、むしろ、売渡請求により形成される『売買』なる法律関係の有効存続の要件とはせず、右売買成立後は爾後定まる代金債務の担保と位置付けており、何らかの事情で取戻されたとしても(なお、右供託は保証供託の性質を併有するため供託者の任意の取戻しは許されない)、一旦成立した売買に影響を及ぼさず、代金債務の爾後の不履行が生じたときの買主の解除権行使か強制履行請求かの選択にかからしめているものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、本件供託及び本件売渡請求が適法かつ有効であったことは前示のとおりであるから、本件供託取戻により本件売買の成立効、したがって買主たる被控訴人の地位に影響が生ずるものではないというべきであって、この点の控訴人の主張は理由がない。

5  以上の次第で、本件売渡請求撤回及び本件再譲渡承認はいずれも無効であり、本件売買の法律関係は有効に存続し、被控訴人は商法二〇四条の四第一項の売買価格決定請求の申立権を含み同売買に基づく権利義務を有することは明らかである。

よって、右権利義務(同控訴人のいう「売買契約上」の権利義務と同一のもの)の不存在確認を求める同控訴人の当審における交換的変更にかかる請求は理由がない。

二被控訴人の反訴について

被控訴人の反訴請求は前項控訴人辻井が不存在確認を求める同一の権利関係である本件売買上の権利義務の存在確認を求めるところ、同反訴は民訴法二三一条の二重起訴にあたり、同起訴禁止の精神は本訴と反訴間にも働き、しかも、本訴棄却の既判力は右権利義務の存在を確認するものであるから、単に本訴請求の棄却を求めれば目的を達するというべきであって、同棄却以上の積極的な主張をなす場合でないので訴えの利益を欠き不適法である。

三控訴人光世の本訴について

前示のとおり、株主の譲渡承認請求には予め株主、当初譲受人間の株式譲渡契約締結が要件とされていないので、会社の譲渡承認があっても、右譲渡契約が締結されなかったり、されても履行が完了せず解除等により失効することもあり、右承認は、株主又は当初譲受人と会社の間の法律関係に必然的変動を生ぜしめる法律要件とはいいがたい(因みに、同控訴人も本件再譲渡承認によって同人と被控訴人間に何らかの具体的な法律上の権利義務が生じたことの主張、立証はない。)。そうすると会社が譲渡制限付株式をめぐる紛争の解決のためには、端的に同株式をめぐる株主権等の現在の権利関係の確認を求めれば足り、右権利関係をはなれて会社の承認不承認自体の確認を求めることが法律関係の紛争の解決に資する事情は見出しがたく、右現在の権利関係の争いが生じたときに、その確認の訴訟のなかで変動の発生要件の争いとして処理すれば足りるというべきである。

よって、控訴人光世の本件再譲渡承認の有効確認を求める本訴は確認の利益を欠くというほかなく不適法というべきである。

四以上の次第で、原判決中控訴人光世の本訴を適法とした部分は取り消しを免れず、右本訴及び被控訴人の当審反訴をいずれも却下し、控訴人辻井の当審交換的変更にかかる新請求を棄却することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官潮 久郎 裁判官杉本昭一 裁判官三谷博司は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官潮 久郎)

別紙目録

一 光世株式会社 額面普通株式 七〇〇〇株

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